Inside of my head

音楽、映画、日々のことなど雑感

朝井リョウ「何者」感想

ネタバレ含んでしまうと思いますので、たたみます。

 今私は大学3年生の秋を迎えているところで、これから就活、というところ。

それと、もう一つ、これを言うとばれるけれど、朝井リョウさんは学部は違うけれど先輩。

 

ずっと、拓人は自分に一番似てるかな、と思って読んでいた。

光太郎はいいやつで、素晴らしくて、一番羨ましいタイプで、一番自分の知り合いにいないタイプかもしれない。というか、近付きになるのを自分から避けているのかも。サークルの幹事長とかやれるタイプの人と、私は上手く話せない。

瑞月さんは、とても綺麗な人。個人的に、彼女は著者の理想や憧れなのではないかと思った。この人物を女性で描いたところとか、特に。それはあの、「桐島」にも通じると思う。桐島に出て来るテニス部の、ヒエラルキーの上にいながらそれに疑問を感じているけれどのけものになることを選ぶでもないあの女の子、も女だったし、多分あの小説の中で一番崇高な感じがした。

家族のせいで、彼女はある意味自分の夢を諦める。それは私は多分しなくていいことで、ありがたいと思うし、彼女は勿体無かったと思う。

でも、それを通して彼女は、「大人になる」ことを自分なりに解釈して、あのセリフを言った。確実に。

彼女は少しだけ、友だちに似ている気がする。その友達、仮にAとする、は、それで優位に立とうとか俯瞰してる気分を味わってるとかではなくて、静かに周りを見ている。感情なしで、事実を教えてくれるし、感情を訊けば、嫌でなければ教えてくれる。だから私は、Aに沢山話をしてしまったんだと思う。自分の中の他人なんて、自分ででっち上げた想像でしかないのだけど。

隆良はめっちゃ想像できるけどこいつも知り合いにいないタイプ。スネ毛が濃いのも想像通り。笑 好きになる要素がほとんど一つもないように書かれていると思う。こういう類の人間はまず、誰の金で生きてられてんのか、その「おしゃれな自分」のプライドを満足させてられるのか、気付けよって思う。人のこと言えないのだけど。

ギンジ。この人は、少し知り合いに似ているかもしれない。仮にその人をBさんとする。もともと母に面白かったよ、と勧められて読んだけれど、母はギンジと隆良の違いがあまりわからない、と言ってたけど彼らは本当に違う。それが、1と0の違い、だとしても。その点、実は拓人は0だった。そこさえも共感する自分が辛い。ギンジタイプは、うざくて鼻につくんだけど、やることやってるから批判したくなる自分がどんどん惨めになって、本当最悪な気持ちにさせる人。

でも今、この記事を一度書き終わってからfbを見たら、Bさんにも恐怖があるらしい。そういうもろもろに、気づかされる経験をついこの前してきたらしい。だからかな。今日話したとき、いつもは私の話なんて聞かないのに、聞いてた。そこからAのことも思い出したんだけど。

Bさんは他人の評価が実はとても怖いんだって。だから人前に出るとき、それを隠すために機械的に振舞ってることがある、って。

留学中プログラム終了会があって、証明書とか貰うやつなんだけど、Bさんはそのスピーチを任された。「スピーチ中すごく手が震えていた、Bさんでもそんなことあるんだね、驚いた。」とAはそれだけ言った。

理香。こういう子は多分わたしの周りに沢山いる。そもそも国際学部だっけか、著者の経歴から色々邪推してしまう。私自身彼女はすごく理解できるキャラ。近いものを沢山持っていて、私は自分の中の理香をどれだけ隠せているかを気にして生きているような感じ。私は他人の幸せを、一緒に喜べない。実は色んなことを勝ち負けで見ている。1mmでも誰かに勝たれるのは、怖くて嫌。人の勝利に傷を探して、なんとか見つけ出して安心しようとする。私が人付き合いが苦手なのはそれが理由だと、最近思うようになった。誰かと話せば、自分の0勝100敗だってすぐわかるから。だけど、傷を舐めあうような仲間をもしも見つけたら、こいつとは違うって思いながら、私は合わせてやってるだけだって思いながら、話して、そう思ってる分実は自分のが低レベルだって知ってるような、そういう人間。

サワ先輩は、「先輩」とずっと付いているだけあって、一段上にいる感じ。全部わかってるし、それをぶちまけてしまう瑞月や理香、拓人よりも大人。こういう風になれたらいいな。でも、どうやって、どこに、苛立ちを仕舞ってるんだろう。それが大人だ。

 

著者は、どの程度アウトプットしたかとかは全然別として、ギンジ側の人なのかなと邪推している。

 

カッコ悪いことを認めて足掻く。本当そうだ。

一番胸に来たのは瑞月さんのセリフ。自分の人生を、重要視してくれる人なんてもう、いない。私の場合、まだ両親はいるし、その点瑞月よりそういう人は「いる」。でも、インターンのためにESってものを書いて、面接に行って、思った。

その二つでは、自分の今までの線路を語らせてくれる。見せろと言ってくれる。結果を出さなきゃいけないのは、実際に働き始めてからな気がしている。

あと、携帯をタオルでくるんでいた、というシーン。何故か泣きそうになった。すごく胸に迫るものがあった。それを実際に、選んだ人以外には気取らせない彼女は、すごいなと思う。でも、大学の友達には自分もそう出来ているかも、出来ていたら、いいな。

カッコ悪いことを認めているかどうか見抜かれる、それは本気かを見抜かれる、ってことだと思う。私は、この会社だけは落ちたくない、っていう本気を持つのは怖い。落ちたらめちゃくちゃ落ち込むから。でもそれが見えなければ、入れないとも思う。

実際、それを大分見せたと思っていたところが落ちたりしているので、全然わからないんだけど。人事の人何人かの口から出た「フワッとしてる」っていうのは、その、カッコ悪いことを認めてあがいていない、といのに似ているような気がする。

痛い。イタイ。この本、正直めっちゃエグい。でも、すごくリアルだし、得るものはあると思う。特に今この時期読んだからこそ。多分、一年前なら就活って怖い、だけだったし、就活終わってから読んでも、バカバカしいとか、終わってよかったとか、思ったんじゃないかな。今読んで良かった。

 

私もカッコ悪いって認めなきゃいけない。カッコ悪いのは病気のせいじゃない。病気になる前からずっとずっとカッコ悪くて、なんでかわからないけど病気になればカッコ悪くなくなるって思って病気を自分から呼んだ部分もある。そんで、今もずっとカッコばかり追いかけている。そして自分には無理だって思ってることを、もしかして手を伸ばすだけじゃなくて、背伸びしてジャンプして思いっきり手を伸ばしたら、もしかしたら掠るのかもしれないと思って、今、野心もある。でも、実は全然カッコ悪い。そもそも毎日朝起きて夜寝られてさえない。ご飯一日3食食べたりしてない。お風呂入らないで寝落ちもしょっちゅう。自分のことどんだけ過大評価してんだって話。

でも、今だけはもしかしたら、精一杯本当に全身の毛を逆立てたら、規定の大きさに届くかもくらいの大きさかもしれない。今を逃したら今よりずーっとずっと大きな努力をしないと、規定の大きさに届くことはなくなる。今より求められるものが増えるから。

でも、背伸びしてジャンプして思いっきり手を伸ばすのは、全身の毛を精一杯逆立てるのは、頑張ることじゃない。

頑張るっていうのは、

 

言葉にしないほうが、いい。今は。頑張れたら、きっと私のことだから、言いふらす。